間というのは、ネットのような「大勢に向かって発言できる舞台」に立ったとき、どうしても「格好いい意見」を言おうとしてしまいがちです。
「日本は○○すべきだ」というのは、難しいようでいて、けっこう簡単なんですよね。
自分に関係のないところであれば、「どちらかを選ばなければならないのだとすれば、1万人が犠牲になるよりも、100人が苦しむほうが良い」と、けっこう「客観的」に言ってしまいがちです。
反論されても「1万人より100人のほうが少ないだろ。客観的な事実だ」って言えばいい。
でも、そこで、「苦しむ100人」のなかに、「自分」や「自分の大切な人」が含まれていたとしたらどうでしょうか?
それでも、何も悩まずに「正論」を主張できるのか?
目の前にいる100人に「1万人のために死んでください」と言えるのか?
現実って、そんな「苦しい選択」ばっかりなんですよね。
そんなことは、想像するだけで憂鬱になってきます。
だからといって、上っ面だけの「きれいごと」ばかりを交わしあっていても、何も解決しない。
– 少しだけ、小島慶子さんの話をします。 - 琥珀色の戯言 (via starcat) Via ねこぶらぁ
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POSTED Saturday January 28th
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