yz_s / eternityscape

間というのは、ネットのような「大勢に向かって発言できる舞台」に立ったとき、どうしても「格好いい意見」を言おうとしてしまいがちです。

「日本は○○すべきだ」というのは、難しいようでいて、けっこう簡単なんですよね。

自分に関係のないところであれば、「どちらかを選ばなければならないのだとすれば、1万人が犠牲になるよりも、100人が苦しむほうが良い」と、けっこう「客観的」に言ってしまいがちです。

反論されても「1万人より100人のほうが少ないだろ。客観的な事実だ」って言えばいい。

でも、そこで、「苦しむ100人」のなかに、「自分」や「自分の大切な人」が含まれていたとしたらどうでしょうか?

それでも、何も悩まずに「正論」を主張できるのか?

目の前にいる100人に「1万人のために死んでください」と言えるのか?


現実って、そんな「苦しい選択」ばっかりなんですよね。

そんなことは、想像するだけで憂鬱になってきます。

だからといって、上っ面だけの「きれいごと」ばかりを交わしあっていても、何も解決しない。

少しだけ、小島慶子さんの話をします。 - 琥珀色の戯言 (via starcat) Via ねこぶらぁ


 1つ実験をしてみましょう。後ろ足のひざの後ろをしっかり伸ばして歩いてみてください。それを10分続けながら、ネガティブなことを考え続けることができますか?

 ひざの後ろを伸ばすと、自然と背筋が伸びます。背筋が伸びると肩が少し後ろに引かれる感じになり、自然とあごと顔の向きが上がります。顔の向きが上がると当然のことながら 目線が上がりますが、目線を上げると、人間の脳の構造上、内面会話が確実に減るのです。

 これは「ストレスゼロ姿勢」のひとつです。実際、この姿勢は、多くの人にとってストレスを感じることが難しくなります。

 この姿勢のヒントをわたしはミラノのファッション業界のトップから教わりました。彼いわく、「町を歩いている多くの人の中で日本人はすぐ分かる。なぜなら日本人は歩くときに ひざの後ろが伸びていないんだ」そうです。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1336369&media_id=34 (via omoto1984)

2010-09-12

(via quote-over100notes-jp)
Via taidoh's clips
(by minato)

(by minato)


smoked salmon cream cheese bagel (by mila0506)

smoked salmon cream cheese bagel (by mila0506)


725 名前:風と木の名無しさん [sage] :2012/01/27(金) 18:23:52.24 ID:6 9HpsAW0
そこらの大人よりずっと頭が良くてちょっと斜に構えてて
地位も高くて喋り方も子供っぽくないけど
でも一人称は「ぼく」
そんなショタ物が読みたい読みたい読みたいよと
悶々としてたけどよく考えたら大量に持ってた

パタリロ

そんなショタ物が読みたい読みたい読みたいよ 続・妄想的日常

「何年かまえ、人間国宝にもなっている仏師が外国メディ
 アのインタビューを受けた記事を読んだことがある。
 記者が、どうしてこんなに深みのあるアルケイックス
 マイルを表現できるのでしょうかと聞くと、仏師はこう
 答えた。
 『彫るのではない。わらうんだ』
 これを聞いたときは痺れたねぇ・・・」

顔 | 師匠シリーズまとめ

・「自前」とか「自腹」とか、
 それなりにじぶんの身を削って得る経験を、
 もっとしたほうがいいと思うんだよね。
 
 レシピとか、マニュアルとか、レビューとか、
 体験記とか、ランキングとか、
 なにかをしようと思ったり、使おうと思ったりすると、
 参考にできる情報が山ほどある。
 だから、なんにもしてない、手に入れてないうちから、
 「あれはいい」だの「これはこういう欠点がある」だの、
 すっかり知ったような気になれるわけだ。
 
 どんなものごとにも、長所と短所があるし、
 人にはそれぞれの好みもあるから、
 どれほどあらゆる情報を集めて検討したとしても、
 誰でも納得できるひとつの結論なんてものはない。
 それに、ものごとには、
 受け手の側の技術ってものもあるからね。
 どんなに優れた楽器を買ったって、
 演奏の腕がなければ、いい音楽は奏でられないわけでさ。
 
 比較検討、情報精査、最良の選択‥‥
 なんてことばかり、やってるのってケチくさくないか。
 「転びたくない一心で、全力で走らない」みたいな感じ。
 もっと損しろよ、と、ぼくは思うんです。
 買った本や映画がつまらなかったとか、
 行ってみた遊び場でおもしろくなかったとか、
 手に入れた家電があんまりよくなかったとか、
 失敗したり損したり、じぶんの裁量でやろうよ、もっと。
 まぁ、選んだ恋人がろくでもなかった
 ‥‥なんていう厳寒のケースも含めてさ、
 傷や痛みをある割合で引き受けたやつのほうが、
 損はしているかもしれないけど、心がでかいと思うんだ。
 
 ま、傷を負うのが目的ってわけじゃないんだけど、
 じぶんの人生は、「自前」で「自腹」だろう。
 資料だかデータだかばっかり凝視していたら、
 どれほど「失敗を避けられる」としても、
 「自前」の「自腹」のおもしろさがないよねー。
 失敗は成功のもとって、ほんとにほんとなんだぜ。

ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次


たとえば、ツイッターのなかにも
さまざまな人がいる。

きょう、自分が勇気がないために、
できなかったこと、言えなかったことを
愚痴ったり、人をねたんで揶揄したりする人。

自分にできもしないし、なんの行動もおこしてない、
願望を、次々と繰り出し、えんえんと語り続ける人。

良い視点や考えなのだが、
そのことを机上で論じるのみに留まっている人。

すでに行動し、その経験の中から
自分の言えることだけを
シンプルに文章でシェアしている人。

その表現に「足はある」だろうか?

ほぼ日刊イトイ新聞 - おとなの小論文教室。
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